■返杯
外国人の中には「日本にはすばらしい文化がたくさんあるが、どうも返杯の習慣にはなじめない」といわれる方がおられます。この不衛生なセレモニーも、もとは日本人の連帯意識から生まれたものです。
大昔、酒を酌み交わすことは、魂の交流を意味していました。ですから、自分の魂をお世話になった人に贈るために、酒を贈答品に使っていたわけです。原則として、人と酒を飲むときは、一つの酒の壺を飲むか、同じ杯を使って酌み交わしていたようです。この習慣は、一つの器のものを分け合うことによって、疑似血縁や親戚関係を築く意味がこめられていました。今でも結婚式の三三九度や、やくざの親分・子分の杯のやりとりに、この習慣が残っています。つまり、返杯とは単なる儀礼的なものではなく、魂の交流をはかる深い意味が込められているわけです。外国人にとっては、こんな連帯意識はとうてい理解できないことでしょう。外国人に返杯の無理強いはしないよう、酒好きのエチケットとして心がけて下さい。
■乾杯の始まり
酒席で交わされる乾杯の音頭ですが、実は大変まじめな人物がちょっとした誤解を生じたために生まれたものなのです。時は安政元年(一八五四)。日英和親条約の協定後、通称の約款を補足するため、英国の特派使節のエルギン伯が来日しました。一行は交渉のため井上信濃守など六人の幕府の条約委員を招き、会談を行いました。晩餐となり食事がすむと、エルギン伯は元首の健康を祝して杯を交わすというイギリスの習慣を行いたいと提案しました。
当時の日本人にとってこれははじめての体験でした。礼をそこねないよう、戸惑いながらもこれを理解しようと努めたのですが、会話がとぎれ、座が静まり返ったときに信濃守が突然立ち上がって、声高々に”乾杯”と叫んだのです。これにはイギリス側も大爆笑しました。日本初の乾杯は、かなり滑稽なスタートを切ったわけですが、今ではセレモニーの主役として定着しています。