僕たちは沢山の事を一時間の間に話した。どんなふうに生まれて、どんなふうに暮らしていて、どうなふうなことを考えているかといったことは全く話さなかった代わりに、どんな誕生パーティーをしようかということを一所懸命に話した。
相手の好物は果物の寒天寄せで、特にメロンを小さく刻んだものを透明の寒天で固めたものが大好きだと言った。ゼリーは嫌いなのかと聞くと、相手は、ゼリーは舌触りが滑らかではないので好きではないと応えた。同じようなものなのにと僕には思えたけれど、その時にはなるほどネとなぜか思った。僕はゼリーとか羊羹とかが好きではないので、その違いがよく分からなかったのだと思う。
次に飲み物の話をした。二十歳になるのだから、ワインとかウィスキーとか日本酒とかを飲もうと言ったら、相手はアルコールは飲めないと言った。僕だってこの歳になるまで何度かアルコールにはトライしていて、そんなに美味しいものだと思ったことはないけれど、全然飲めないというわけでもない。
だから、もう大人なんだから飲んでもいいんだと言うと、野菜ジュースなら飲むという応えだった。
次にディナーの話をした。
ちょっと豪華にいこうよと僕は提案した。
相手はヨーグルトがいいと応えた。僕はフランス料理屋にでも行こうよと言ったので、この応えにはちょっとクラッときた。それって、デザートじゃないかと言うと、相手は、好きなのです、と応えた。僕は、まっ、いいかと思った。
次にレストランの話をした。相手は行きたくないと応えた。でも、僕は、譲れないと思った。メロンの寒天寄せと野菜ジュースとヨーグルトなんてメニューのあるレストランがあるとは思えなかったけど、何と言っても二十歳の誕生日なのだ。
ワインを飲んで、フランス料理のフルコースを食べて、デザートにはチーズくらいはと思っていたのだ。テーブルクロスはピンクでテーブルには同じピンク系の花、例えばスイートピーとかが飾ってあって、と思っていたのだ。
僕たちはそのレストランの前で待ち合わせた。そのレストランは二十四時間開いているのだが、夜中を過ぎてからの方が混雑しているので予約しておく必要があった。
テーブルセッティングはあらかじめ伝えておいた。メニューは行ってから伝えることにした。
僕はレストランの前でメッセージを持って待っていた。僕はここにいます、というメッセージは幸い他にはなかったので、見つけてくれると思った。相手は行きたくないと言っていたから少し不安だったけれど、きっと来ると思っていた。
待ったかい?という応えがあったのは、五分に少しでなるくらいの時間が経ってからだった。
僕はその日、白いスリーピースのスーツにバタフライをつけ、白い靴を履いていった。相手がすぐに分かるだろうと思ったのだが、他にも同じような格好をした奴がいて分かりにくくなったかも知れない。
相手は少し探したと言った。僕は謝った。相手は黒い洋服を着ていた。それがスーツなのかどうかは分からなかった。全体に黒っぽい印象の洋服だったという記憶が残っていると言った方が正確な気がする。
僕は入口で少し予約の時間に遅れたことを告げて、テーブルに案内してもらった。
テーブルは予約したとおり、ピンクのテーブルクロスに、スイートピーかどうかは分からなかったが、ピンクの花が飾ってあった。
僕はロゼのワインを注文して、相手はニンジンジュースを注文した。ソムリエがニンジンジュースですか?と聞いたので、僕は、相手がアルコールを飲めないのだと言った。相手は、飲まないのだと訂正したのだが、それがゆっくりだったのでソムリエはもう踵を返した後だった。
僕たちはロゼのワインとニンジンジュースで乾杯して、僕たちの二十歳の誕生日を祝った。相手は日にちがもう変わったから今日はもう少ししかない、と言うので、僕はまたクラッときた。
その日は始まったばかりだったし、乾杯の時にそんなことを言う相手の気持ちが分からなかった。
時間がない、と言うので、今来たばかりだと言うと、もう帰りたいと言う。僕は意味が分からなくなった。僕も相当な気分屋だが、相手はうんと上手だった。
何か気に障るようなことを言ったのかと考えてみたが思い当たらなかった。
メインのメロンの寒天寄せはなかった。仕方がないのでメロンだけを注文した。
ヨーグルトがあるかどうか聞いてみるとあると言うので、一緒に注文した。僕はロゼのワインをもう一杯頼んだ。
アラカルトのメニューで子羊の脳味噌のパン粉焼きというのを注文したのだが、本当の味がどんな味なのか知らなかったので、味わいながらどんな味なのだろうと考えていた。
相手はゆっくりとニンジンジュースを飲みながら、不味いと言った。砂糖を入れるかどうか聞くと、砂糖は嫌いだ、と言った。僕がどんなニンジンジュースが美味しいの、と聞くと、自宅の庭に植えてあるニンジンを使ったジュースだと言った。生まれた時から飲んでいるのだとも言った。
僕はニンジンジュースを飲んだことがなかったので、美味しいニンジンジュースと不味いニンジンジュースの違いが分からない。だから、幸せだと思った。
メロンもヨーグルトも大分前からテーブルに並んでいるのだが、相手は食べようとしなかった。ニンジンジュースが不味かったので期待出来ないと思っているのかと思っていたら、ゆっくりと相手は口に運び始めた。あまりそれがゆっくりだったので僕は少しイライラした。僕はレストランを出たかったのだ。
でも、相手は本当にゆっくりゆっくりとだが食べていたので待たざるを得なかった。おまけに、食べているときは一言も口を利かないので、僕は相手が食べているのを見ているしかなかった。
それでも、どうにか食事は終わったようだった。僕は踊りたくなった。
近くにディスコがあるから行こうと誘ったが、踊れないから嫌だと言う。
音楽の聞ける店に行こうと言うと、音楽は嫌いだ、と言う。
じゃ、映画は、と言うと、行くと言う。僕は映画になんか行きたくなかった。映画を観ながら話なんて出来っこないからだ。
僕は気づいていたのだ。好き嫌いの多いこの相手はタカラヅカだと。
僕は相手がゆっくりと食事をしている間、顔を覗き込んでいたのだが、唇の薄い紅に気がついていた。最初は気にしていなかったのだが、あまりゆっくりと食事をするので、僕は相手の口元ばかりを見ているしかなかったからだ。
僕は相手を公園に誘った。その公園は広くて、恋人たちが話をする場所が沢山あることを知っていたからだ。しかも、ベンチの横にメッセージを出しておけば、誰も邪魔をしないことになっていたから、空いていれば最高の場所にすることが出来るのだ。相手は一拍置いてから、行く、と言った。
勘定をしながら空いている場所を探した。二か所空きがあった。どこでも同じことなのだが僕は少し迷って一か所をクリックした。
どこでも同じことというのは、あらかじめ決められた環境があるわけではないからだ。圧倒的な人気は川辺と海辺で、空いている環境を選ぶのにちょっと手間取ったが、「ニューヨーク・マンハッタン・ハドソンリバーの夕方」を選んだ。
本当は僕はそんなところに行ったことはないのだけれど、その日はそんな気分だったのだ。 何しろ二十歳の誕生日だったから。
それに、相手の化けの皮を剥がしてやろうという気持ちが強かったからそんな場所を選んだのだと思う。
それに、木があって川があって、遠くにビルがあるのだろうということくらいは想像出来た。 これで相手を口説く環境は整った。
口説く?誰を?とすぐに思い直したがそんな気分になったのが不思議ではあったが理由を考えることはしなかった。きっと少しだけハイな気分だったのだろうと思う。
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