ワイヤード・ラブ
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とにかく、僕は何もしないでいたいのだ。以前、何をするために生まれてきたのかということを考えていて、何かをしなければならないことはないという結論に達したのだ。
それからは、何もしないで生きていこうと決めたのだ。皆が何かをしなければと思い、何かをして生きているのなら、僕は出来るだけ何もしないことにしようと決めたわけだ。
この結論を僕は気に入っている。出来るだけ動かずに、出来るだけエネルギーを使わないようにして生きているというのは、現代では稀少価値があるのではないかと思っている。

ピッツァを待っている間、回線をつないでメイルをチェックすることにした。
メイルは四通来ていた。僕の誕生日に対するお祝いのメイルばかりだった。
チャットを覗いてみると相変わらず馬鹿な話ばかりが続いている。 何でこんなつまらないことばかり話しているのだろう、と思ってよく見てみると、いつもと話の内容が少し違うことに気づいた。

>マンションの一階が潰れてしまってます。

>水道は一切使用できません。

>ガスの臭いが充満していて危険です。

>ガレキに埋もれています。助けて!

>車が高速道路から転落しています。

>新幹線の高架が道路の上に落ちてます。

>隣の建物が燃えてきた!

きっと、どこかで大きな事故が起こったのだ。
ディスプレイを眺めていると場所が分かった。事故はかなり広範囲に渡っているらしい事も分かってきた。
時間も分かってきた。
ちょうど眠くなって、レストランから抜けた時間だ。
僕たちがレストランで食事をしている間に、とんでもないことが起こっていたらしい。僕は慌ててテレビの電源を入れた。テレビの画面には、真ん中に道路が映し出されている。ヘリコプターからの映像であるらしい。
チャンネルを変えると、どのチャンネルも同じ映像が流れている。

それが何の映像なのか分かるのに十秒くらいかかったと思う。
続いて、激しく煙を上げ燃え広がる火事の現場が映し出される。 そして倒壊したビルや傾いた病院の映像。
瓦礫と化した町の一角。
盛り上がってうねる道路。
倒れてしまったクレーンの横たわる港。
砕け散った窓ガラス。
マンションに押し潰された駐車場の車。
それは、惨状であることを伝えてはいるが映像には全くトータリティもリアリティもない。どこがどうなっているのか全く理解することが出来ない。

映像はどのチャンネルも同じ場所のほとんど同じアングルから撮られている。
火事は一体どの地域で燃えていて、どの方向に向かっているのかさっぱり分からない。
震源地が特定されたようだ。震源地の国道沿いの民家の倒壊映像が映し出される。
老人が数人、自分の家なのだろう、倒壊した家屋の前を行ったり来たりしている。アナウンサーがその老人たちに向かって馬鹿な質問をしている。いつも奴らは馬鹿な質問をする。

ピッツァがやって来た。
金を渡しながら髪を金色に染めた中卒の出前持ちに、地震だなと言うと、変な顔をして「自信はないっすよ」と言って釣りと領収書を置いて帰って行った。
ダイエットコークを一口飲み、いつもどおり黒く焦げたドゥの端を持って真ん中だけをかじりながらディスプレイから目を放さなかった。そして、昨夜のことを考えた。
奴はどうしたのだろう。なぜそう思ったかと言うと、メイルの中に奴からのものがなかったからだ。デイトの途中で勝手に抜けてしまったから、怒っているに違いない。怒っているのなら、恨み言を言ってきてもいいはずなのだ。そんな勇気がないとすれば、奴はやっぱり女なのだ。男なら、きっと何か言ってくる。女だったとしても馬鹿野郎!の一言くらいはあってもおかしくはない。
そこまで考えて僕はピッツァの焦げて固くなった端を噛んで気がついた。奴はあの中にいる!と。

抜けたのと地震が起きたのとがちょうど同じ時間だったので気がつかなかったのだ。奴は僕が抜けたことに気がついていないのだろう。何のメッセージも残さなかったのだから分かるはずがない。
奴のスピードじゃ、今、チャットに割り込むのは難しい。
もし、何かメッセージを残していたとしても、とっくに後からのチャットで消されてしまっているに違いない。目の前で素晴らしいスピードで断片情報が追加されていっている。
住所はバラバラだ。広い。二府二県に渡っている。
情報コーナーにはある程度まとまった内容が掲載されている。だが、被害状況は全く分からない。まだ統計の段階には至っていない。

奴の電話番号は。
しまった聞いていない。
電話で奴と話をしたことなど一度もなかったのだ。
レストランで昨夜は朝までデイトしたというのに。
奴はどこにいるのだろう。僕は勝手なことを考える。
奴は、まだレストランで食事をしている、と。ノロノロとまだニンジンジュースとヨーグルトとメロンを食べている、と。
僕はレストランを覗きにいく。今朝からもう六時間以上経っているのは分かっていた。
でも、僕は、奴がまだあのレストランで座っていてほしいと思った。

そうだ、二人の誕生パーティの続きをしなければ。
僕は勝手にそう思っていた。
六時間以上も放っておいて、今は会いたい!と思った。レストランにはすぐに着いた。ドアに体当たりするように両手で開けて昨夜のテーブルに向かった。ウロウロしていたギャルソンにぶつかりそうになったが危うくかわして昨夜のテーブルに着いた。誰かが座っている。
いた。奴だ。僕は隣に座って回線をつなごうとした。隣には誰かが座っている。ギャルソンがやって来た。

「この席は予約のお客様の席でございます」

僕は自分のIDを打ち込む。

「その番号でのご予約は承っておりません」

>ふたりのIDは?

「お教え出来ません」

僕は奴のIDを打ち込んでみた。
座っている二人のシートは点滅しなかった。
僕はレストランを見回す。他の席は空いていた。僕はレストランを後にする。
隣の喫茶店を覗く。ウエイトレスに、来店客のIDを尋ねるが結果は同じだった。誰が来ているかなどウエイトレスに分かるわけはないのだ。仕方がないのでテーブルを回って僕は一々奴のIDを打ち込んでいった。どのテーブルも点滅しなかった。僕は喫茶店を後にしてアーケードを歩いていった。
ショッピングゾーンが視線に入ってくる。本屋、映画館、ブティック、電気屋、スーパーマーケット、ゲームセンター・・・・どこにいるのか。

もしも奴があの中にいたとしたら、停電していないとしたら、ディスプレイを見つめていたとしたら、メッセージを送ることが出来ないとしても受け取ることは出来るはずだ。僕は短い文章を作ってアップロードした。

>無事ですか?無事だったら返事ください。