馬鹿な文章だと自分で思った。無事でなかったら返事しなくてもいいというふうにも読めるし、無事でなかったら返事のしようもない。留守番電話じゃあるまいし、もっとマシなことが書けないのだろうか。無事だったら何のことか分からないじゃないか。
そう思い返して、もう一通文章を作った。
>今朝はごめんなさい。急にいなくなってびっくりしたでしょ。気になってます。メイルください。待ってます。
アップロードしながら、届くのだろうかと思った。
今まで疑ったことなど一度もなかったのに、ディスプレイからスクロールされていく文章を見つめながら初めてそう思った。
>メイルが2通届いています。
と、奴のディスプレイに表示されているはずだ。奴はゆっくりとキーを叩く。奴はきっとこう返事をよこすはずだ。
>ボクは元気です。ありがとう。
奴がゆっくりとキーを叩いている間、僕はニュースのコーナーを見てみる。死者の数は時間を追うごとに増えている。500という数字が一時間の間に1000に近づいている。
これはもっと増えるなと僕は直感した。
僕は少しイライラし始める。
返事が来ないことがその大きな理由なのだが、本当はもう一つの理由にイライラしているのだ。
そう、僕が奴を探しているということにだ。
レストランから抜けたのは確かに僕が悪かった。でも、メイルくらい入れておけばいいのに。いや、やはりメイルが入れられない状態にあるのかも知れない。だが待てよ、奴もあの時間まで起きていたわけだから寝ているのかも知れない。僕よりも寝る時間が長い奴だっているはずだ。十二時間くらい寝ないと調子が悪い奴だっているはずだ。奴はそのタイプの低血圧野郎に違いない。
そう思うと少しイライラが治まった。
いつものチャットのチャンネルに回線をつないでみた。何か言ってくるかも知れない。奴が何か言ってくるかも知れないと思ったし、言ってきてほしいと思ったからだ。
勝手に回線を切ったのは僕の方だった。
だが、今はつないでほしいと思っている自分に気がついた。
いつもとは打って変わってマジなチャットに驚かされる。
馬鹿な奴らも不真面目というわけでもないのだ。
このチャンネルでこんなシリアスな情報が流されたことがあるだろうか。僕は表彰状ものだな、と呟いた。まったく。
メディアには何のカラーもクォリティもありはしない。そこに乗せられるソフトだけがメディアのクォリティとカラーとを決定するのだ。
奴からのメッセージはなかった。そりゃそうだなと思う。
奴はいつも夜中から参加してくるのだから。
僕はまたイライラしてきた。だって、夜中まではまだ十二時間はたっぷりある。
十二時間、何をして潰そうか。
読書。まさか。映画。まだ余る。他のチャンネルのモニター。
そうだ、奴は他のチャンネルにも顔を出しているかも知れない。これはよくあることだ。別のキャラを別のチャンネルでやっている奴はいくらでもいる。現に僕がそうじゃないか。
順番にモニターすることにした。参加するのはやめた。
今は、奴を探すのが目的なのだから。
バンドAが終わった。
バンドBに入った。僕は馬鹿野郎!と言いたくなってきた。
なぜなら、もうそこでは議論が始まっていたからだ。今起こったばかりの事柄に対して、議論が起こっている。
危険回避のリスク負担についての議論、首都圏の直下型の場合の対応策、危機管理システムの欠如についての議論、最終的な死者数の予測、被害状況の金額換算予測。
それは、まだ息をしている人間を前にして、遺産相続を巡って親戚がつかみ合いの喧嘩をしている様に似ていると僕は思った。静かにしろよ!他にすることがあるだろ!と言いたかった。
だが、冷静に考えてみると僕も似たようなものだと思う。
僕は奴を探している。
そして、三時間の間全く奴と回線がつながらないことにイライラしている。
連絡が取れないことにイライラしている。
僕が無力であることにイライラしている。
僕はキーボードの端を拳で叩く。どこにいるんだ!
僕は頭の整理にとりかかる。僕は疑問を持っている。
奴が女なのではないかという。そしてそれはいつか確認しようと思っている。確認するための一つの方法としてレストランに誘った。奴は来た。男だったら来ないだろう。
しかし、奴が僕のことを女だと思っていたとしたら来るだろう。
奴が僕のことを女だと思っている可能性は?ないことはない。
僕は気まぐれだし、気分で出たり入ったりしていることは皆知っている。僕が男だという証拠は何もない。
ハンドルネームだけでは何も判断出来ない。わざと女の名前にしたり男の名前にしたり、外国人の名前にしたりする奴は幾らでもいる。
なぜ、僕は奴を探しているのか。
途中で抜けたことに負い目を感じているからなどではない。
そんなことは何も気にしていないし、今までも何度もやってきたことだ。
そうだ。遅いことなのだ。奴のキーボードの叩き方が余りにスローなせいだ。
それ以外に考えられない。なぜあんなに奴は遅いのだ。
馬鹿だから?その割りにはちゃんと考えてから応えを返してくる。
決して馬鹿ではない。馬鹿ではないのだが、そのスピードに、なぜか恥じらいを感じるのだ。ハジライ。なんて新鮮な言葉だろう。
僕はいつものチャンネルに戻った。空きを確認して回線をつないだ。
そして、ディスプレイのチャットの内容に目を通す。
依然として素晴らしいスピードでチャットが続いていく。
続いていくスキマに、他の文章に挟まれながら奇妙な文字が打ち出されてきた。
>ボクの
>母の
>手が
>紫色
>にな
>って
>います
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