ワイヤード・ラブ
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ボクはなぜこんなメッセージを送ったのだろう、とディスプレイに表示された文字を見て思った。
左側にある畳を必死に押してみたけれど、ボクの力では余りに重くってビクともしなかった。
ボクは声を上げることも出来なかった。男たちは行ってしまった。 きっとボクの家みたいに潰れてしまった家が他にも沢山あるのだろう。隣の家からは声が聞こえると言っていた。隣の人たちはまだ生きているのだろう。
早く行って助けてあげて。そう思ったけれども、上がっていく男を見たときには畳を押して声を上げようとしていた。
ボクはそのとき、取り残されると思ったのだ。
取り残される。地下室のようになってしまった瓦礫の中でボクは一人になってしまう。ボクはそのとき、間違いなくそう思ったのだ。
母が、目の前に横たわっているにもかかわらず。
ボクは母を置いて地上に出ようとしていたのだ。
二階を母に支えさせたまま、ボクだけ外に出ようとしていたのだ。

ボクはそれを今とても悔やんでいる。
ボクは母がいなければここにはいなかった。ボクは母がついていてくれなければ、こうして生きていることは出来ない。
それなのに、ボクは自分だけ出て行こうとしていたのだ。
ボクは出て行かない。ボクは母と一緒にいる。
ボクは今しか母と一緒にいることは出来ない。ボクは母が助けられるまで母と一緒にいなければならない。
それがボクが母にしてあげられることなのだ。
それが、今まで母がボクにしてくれたことに対して報いる方法なのだ。
ボクは今そう思っている。

男が屋根の穴から出て行ってから、もう何も音がしなくなった。 もう誰も近づいて来ない。
何の気配も感じられなくなった。
そして喉がとても渇いてきた。
とても喉が渇いてきたけれど水道のある流しには行けなかった。流しに行くには、畳を退けてしまわなければならない。
それに、二階の床材の破片も退けてしまわなければならない。
広く空けてしまわなければ通れない。
ボクは隙間から流しの方を見る。
小さな、石で出来た流しが見えている。
水道の蛇口が見える。
母がお湯を沸かすために使ったのが最後だ。

ボクはその蛇口をしばらく見つめていた。見つめていると蛇口が反応した。
蛇口の部分が下にゆっくりと垂れ下がってきた。蛇口がゆっくりと膨らみ始めた。膨らんだ部分が蛇口の一か所に集まりそこでまた膨らみ始め、やがてたまらずに滴り落ちた。
アッ、とボクはその瞬間思った。そして気がついた。
長い間トイレに行っていなかったことに。
水道の蛇口の一滴が、ボクの下半身に刺激を与えたようだった。そしてそれは一滴でおさまることなくボクの両脚の間を温かくするまで続いた。

ボクは右手をそこに突っ込んで、指についたそれを舐めた。
ちょっとしょっぱくて血の味も少ししたけれど、不味くはなかった。 ボクは、次は手で受けて飲もうと思った。
下着や椅子にしみ込ませてしまったのは失敗だったと思った。
座りっぱなしの状態でいたために尻が痛くなってきた。
そして、ボクは深刻な問題に直面していることに気づいた。垂れ流しでは出来ない、もう一つの便意についての。

ボクは考えないことにした。身動きのとれないこの状態ではどうしようもない。
どんなに頑張ってもトイレに行くことは出来ない。
ボクの回りにある壁や畳や板切れや柱や梁やはがっちりとボクを取り囲んで閉じ込めている。
母は身動き一つしない。
母はもうボクに手を貸すことは出来ない。
母はボクの方を見ているのだろうか。
それすらも窺うことは出来ない。
ただ、明るくなった外の光が屋根に開けられた穴から射し込んでいて、ますます濃い紫色になってきた母の手についていたお茶の葉っぱを乾燥させて、小さく干からびさせているのが見える。