ワイヤード・ラブ
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ボクは、母の方を見る。何も変わっていない。母は今朝とった姿勢のまま動こうとしないでじっとしている。
忍耐強い死体。
ボクはもう嫌だ。こんなところに取り残されるのは嫌だ。
ボクは叫ばなければと思う。叫んで助けを呼ばなければと思う。 ボクは口を開けて声を出そうとする。
声帯に空気を送り込もうとする。ううっ、ううっという音にしかならない。これでは外に聞こえない。

<彼>が来る前にここから出なければ。
ボクはここにいます!ボクはここに閉じ込められています!
ボクはそう叫ばなければいけない。
ボクは大声で助けを呼ばなければいけない。
呼んでも誰にも文句は言われない。
誰にも迷惑がられることはない。
もう、何も気にすることなんかないのだ。
叫ばせて!声よ出て!
ボクは肺から空気を鼻ではなく声帯に送り込む。
ああっっ、ああっ、という音に変わっただけで声にならない。

背中が痛い。首を斜め右下に向けて、頭を梁からよけながら、屈み込んでキーボードを叩き続けたせいだ。下腹部が痛い。喉が塵のせいで痛む。ボクは頭を梁の下から抜き取って背もたれにもたれかかる。立ち上がらなければ、と思う。ここから出るのだ。こんなところにいてたまるものか!
ボクは両手を肘掛けに当てて思いっきり体を浮かそうとしてみる。 ボクの細い両手はボクを持ち上げることが出来ない。
ボクの両手は、ブルブルと震えて両脇に落ちた。
早くここから出なければ!

僕は回線を切って辺りを見回す。時間は。
まっすぐ行けば夕方には着く。
まず電車に乗って駅まで行って近くの公衆電話で名前を調べて電話番号と住所を確認する。住所はすぐに分かるだろう。
住所が分かれば、タクシーで行けばいい。
僕は身支度を始める。
シャツにセーターにウールのジャケット。ジーンズにスニーカーでいいだろう。
近くのコンビニで水と食料、何がいいかな。パンとおにぎりか。そうだ、ヨーグルトとメロンだな。
缶ジュースにニンジンジュースがあったかも知れない。デイパックも要るだろうな。

ボクの両手はまだ震えている。ボクの両手には筋肉がなさ過ぎる。ボクの両手は、ボクの体重をほんの少しでも支えることが出来ない。ボクは背もたれに体重を乗せて、両手は垂らしたまま伸びをした。
伸びをしたとき、温かい固まりがボクの臀部の後部に排出されるのを感じた。来ないで!

地下鉄駅前のコンビニにはニンジンジュースはなかった。奴の好物だから、何とか手に入れたかったのだが、仕方がない。
僕はパンとおにぎりとヨーグルト、僕の分としてオレンジジュース、それに水のペットボトルを三本買った。デイパックはそれだけでも十分重たくなった。

微かに消化物の臭いがしてくる。ボクは悔しかった。なぜこんなことになるんだ。どうしてこんなことにならなければいけないの?ボクは机の上のキーボードの端を震える握り拳で叩いた。

>来ないで!

ボクは相手のいなくなったディスプレイに、そう打ち込んだ。