それから三日間、女房は家に戻らなかった。電話は毎晩あったが、あの女からだった。俺は、同病のよしみからかその女に親しみを感じ始めていた。
「一度、お会いしませんか?」
ある夜、俺は本気とも冗談ともつかないことを口走ったくらいだ。女は俺よりも大人のようで、
「お会いすることはないと思います」
と言った。多分、俺の女房は相手の男からすると若い子になるのだろうなと、その女の落ちついた声を聴きながら思った。そして、不思議なことに、一発やってもいいなと思った。その女と一発やる機会はなかったが、事態は急速に進展した。女房が荷物を取りに戻って来たのだ。
俺はそのとき、飯を炊いて夕食を自分で作っていた。女房は臆する様子もなく上がり込んで来て、荷物の整理を始めた。俺は黙ってそれを見ながら籐で出来たテーブルに食事の用意をした。そして、
「一緒に食わないか?」
と言ったのだ。彼女は黙って首を振り、離婚届の用紙をテーブルの上に広げ、
「ハンコちょうだい」
と小さな声で言った。そこにはもう女房のハンコと署名がしてあったのだが、俺は乱暴に取り上げると引きちぎって女房の顔に投げつけた。
「どういうことなんだ!」
「・・・・・」
「説明してくれ」
「・・・・・・・・・・」
「車に下着忘れてたって電話あったぞ」
「置いてただけよ」
「アパート借りたのか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「私がいなくなったら、食事も作れるのね。私が作った食事は食べなかったくせに」
「仕事で遅かったんだから仕方ないだろ」
「私、毎晩待つだけだった」
「今、チャンスなんだ。頑張らないと」
「仕事って、お金が儲かれば何でもいいじゃないの。あなたは何もしていないじゃない」
「何もしていないって?」
「あなたのすべきことよ」
「俺のすべきことって?」
「もういいの、私行くわ」
俺は立ち上がりかけた女房の頬を張った。襟首をつかみ、寝室に連れて行くと洋服を脱がしにかかった。女房は抵抗しなかった。そうされることをあらかじめ予測していたように無抵抗だった。素っ裸になった女房を俺は犯そうとしたのだが、俺の体はいうことをきかなかった。俺は女房の体をアザが出来るくらい殴った。頭も胸も脚も腹も背中も無茶苦茶に殴った。俺の両手の指にも同じようなアザが出来た。
それからしばらくして、俺は引っ越すことにした。家財道具のほとんどは女房のものだったのだが、俺は引っ越し屋に頼んで女房の住むアパートにまで運んで貰った。女房は、そのときにはもう男と別れて一人でアパートを借りて住んでいた。俺は新しい女が、つまりは今の妻なのだが、いたし、女房ともう一度やり直そうという気はさらさらなかった。俺は、女房と正式に別れて小さなアパートに一人引っ越した。そして、同じ日、妻は俺の引っ越したアパートの隣の部屋に引っ越して来た。
片付けが終わり、飯でも食いに行こうかという相談を妻としていると、入口に前の女房が立っていた。
「片付け、もう済んだのか?」
「どうせまた引っ越すつもりだから。その人は?」
「ああ、隣に今日たまたま引っ越して来た人だ」
「そう」
「飯でも食いに行かないか」
「いいわ。その人と行くつもりだったんでしょ。私、帰るわ」
隣同士の暮らしは少ししか続かなかった。いつも妻は俺の部屋にいて、自分の部屋には帰ろうとしなかった。
俺の部屋には、隣に越してきた妻が引っ越し祝いにくれた小さな鉢植えがテレビの上に乗っていた。その鉢植えは、妻が持って来たときには紅葉の苗木のように見えたが、水をやるだけですくすくと成長し、その葉を摘んで乾かしておけばいつでも好きなときに一服することが出来た。妻は、それを一緒に吸いたいと言っては俺の部屋に居座り続けた。
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