新しいマンションでの新婚生活が始まることになった。というのは、妻は勝手に離婚届を役所に提出してあり、俺は知らない間に離婚していたのだ。だから、もう一度役所に婚姻届を提出に行ったのだが、役所の事務員は「同じ人との結婚は復縁届になります」と言って俺の顔を見た。その顔には「物好きですねぇ」と書いてあった。
引っ越しパーティの日、五十人を超える人々が俺たちの新居に集まった。俺の友人が三分の一、妻の友人が三分の一、共通の友人が三分の一だった。その日のパーティはワインパーティで、呼ばれたゲストは必ずワインを一本持って来ることになっていた。妻はそんなテーマパーティをするのが大好きで、パジャマパーティや、水着パーティや、ドレスアップパーティやをしたのを覚えている。
友人たちは俺たち三人の復縁生活をとても喜んでくれた。俺の妻の料理はとても本格的で、まるで撮影でもするかのようなテーブルセッティングと華やかな盛りつけには人気があったのだが、俺たちは正式に復縁するまでは一切パーティはしなかった。招待客たちは久し振りの妻の料理を堪能出来た喜びにあふれていた。
俺たちの生活はとても安定していた。昼前には二人でブランチを食べ、俺たちは一緒に事務所に行った。子供も十歳になっていた。俺の事務所も会社組織になり、社員も五人雇うことが出来る規模になった。妻も役員になった。スタイリストの仕事も順調で、テレビタレントの専属スタイリングで確実な収入を上げることが出来ていた。五人の社員のうち三人は妻のアシスタントで、一人が俺のアシスタント、もう一人が事務員だった。
俺は仕事が早く終わると、家に帰って来てベランダの椅子に腰を下ろし、カンパリソーダを飲みながら暮れなずむ夕陽を見ているのがお気に入りだった。時にはマルガリータやジンリッキーなどのきつい酒を飲むこともあったが、妻が帰って来るまでの静寂の時間をそうして、ゆったりとした気分で費やすことが多かった。
妻はどんなに仕事が忙しくても自分で料理を作った。まるで毎晩がディナーパーティのような食事だった。クリスマスから正月にかけての豪華さは、どのレストランに行ったとしても、海外の本場のレストランに行ったとしても出会えないような料理だった。フランス料理のこともあったし、イタリア料理のこともあったし、ドイツ料理のこともあったし、タイ料理のこともあったし、ベトナム料理のこともあったが、どの料理もスパイスとエスプリの効いた完成度の高い出来だった。
その夜は、確かイタリアンだったと思う。ピンクのテーブルクロスにイタリアワイン、ズッキーニのサラダにパスタは極細のイカ墨スパゲティ。それに、トマトのスープだったと思う。ただし、妻の帰りはいつもより遅く、俺はベランダでいつもよりも多めのアルコールが入っていた。
|