ワイルド・ワイフ
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食事が始まり、イカ墨スパゲティが出て来た。こいつを食うときには注意しないと、白いシャツなどに墨が飛んでしまって台無しになるのだ。それに、口の中も真っ黒になってしまうので、よほど気を許した相手と食べない限りは礼を失する可能性の高い食べ物の一つで、俺は好きではなかったが、妻は大好きだった。

俺は、注意しながらフォークを使って黒い固まりを口に運んだ。そのとき、息子がテーブルクロスの上にスパゲティを落とした。息子は、口をテーブルの上まで持って行くと、それをフォークで引きずるようにして口に入れようとした。ピンクのテーブルクロスの上には、黒い大きな染みと引きずったために出来た墨の跡が残った。

「誰が教えたの、そんな食べ方!」

その声と同時に妻の右手が動いて息子の皿をはね飛ばした。皿はテーブルの上を滑り、テーブルの上にあった息子の口に当たった。ガチッという、皿が歯に当たる音がして、息子の口が切れた。ピンクのテーブルクロスには今度は、黒い染みではなく、赤い染みが出来た。息子は泣き出しもせず、妻の顔を見上げた。

「何よ、その目は!」

今度は妻の右手が息子の顔の真正面に当たった。息子は椅子ごと吹っ飛んで頭から床に落ちた。床はカーペットではなく、板張りになっていたのでゴツンという鈍い音がした。

「何をする!」

と俺が叫ぶのと息子が泣きだすのとは同時だった。俺は息子を抱き起こしながら、頭をさすった。

「大丈夫か」と聞くと、大きく頭でうなずいた。

「ほっときなさいよ、そんな子!」

「まだ十才なんだ、仕方ないだろう!」俺も叫んでいた。

「十才までにテーブルマナーは教えないと駄目なの!ちゃんと出来るように協力してよ、あなたも!」

俺は息子に大丈夫か大丈夫かと聞きながら椅子に座らせた。ワインをグラスに注いで一気に飲んだ。心臓の鼓動が速くなっていた。俺は食欲をなくし、息子のフォーク使いを見ていた。息子は落とさないようにこぼさないように注意しながら、恐る恐るスパゲティを口に運び、口の回りを真っ黒にしていた。

「もう、食べないの?!」妻が俺に聞いてきた。

「えっ、ああ、うん、もういい。俺、スープにする」

「美味しくないの?私が作ったのは食べられないの?」

「えっ、いや、そうじゃないけど、食欲なくって」

「何か食べたの?私が帰って来るまでに」

「いや、何も。食べる訳ないだろ。ずっと飲んでたんだから」

「いいわね。ご自分ばっかり。私は飲まず食わずで帰って来たのに」

「何もそんなこと言ってないだろ」

「イカ墨スパゲティもいろんなレストランで召し上がっているでしょうから、珍しくも何ともないわよね」

「おい、何なんだ」

「私はレストランに連れて行って貰ったこともないのに」

「・・・・」

「不味いのね。そうでしょ!」

妻は俺のスパゲティの皿を持ち上げると、俺の顔めがけて放り投げた。俺は危うくかわしたが、ガチャンという音をたてて俺の後ろの白い壁にぶつかって、黒い染みをつけた。

「食べなくていいのよ!あんたも食べにくくて嫌なんでしょ!」

今度は息子の皿をはね上げた。皿は息子の頭の上を飛び、やはり同じ音をたてて床の上に落ちた。

「スープね、分かりました。スープにしましょ。私は食べてちゃいけないのね!」

妻は立ち上ってキッチンに向かい、スープをよそおうと戻ってきてテーブルの上にゴトンと皿を置いた。スープは少しだけこぼれて、テーブルクロスにトマトの染みをつけた。

「バジル、お好みでどうぞ」

「熱っ、これ、こいつにはちょっと熱いんじゃないか」

「食べなきゃいいじゃない!それなら!」

妻が皿を運び去ろうとするのを俺は皿の縁を持って押さえた。

「熱いのね、分かったわ、冷ませばいいんでしょ!」

妻はそう言うと冷蔵庫から氷を持って来てスープ皿に放り込んだ。スープは飛び散って、テーブルクロスに沢山の染みを作った。そのやり取りを見ていた息子は、乾いた唇をして震えている。

「おい、どうしたんだ。やめろよ!」

「熱いんでしょ、熱いって言ったじゃない!」

「氷なんか入れることないじゃないか!」

「氷は要らないのね、じゃあ何?何が要るの?!どうやって冷ますの!」

妻はスープ皿の氷を手でつかむとキッチンの方に向かって放り投げた。

「やめろよ、おい。いい加減にしろ!」

「あなたこそいい加減にしてよ!何よ、毎日毎日ベランダでボーッとして。私は何よ、毎日仕事して帰ってんのよ。そして、帰って来たらすぐに座る間もなく食事の支度。作ったら作ったで不味いとか美味しくないとか文句ばっかり!」

「不味いとか何も言ってないじゃないか。熱いって言っただけだろ」

「同じことよ!熱いから食べられないんでしょ!」

妻はそう言うと、俺のスープの皿をひっくり返した。スープは俺のシャツに飛び散り、息子の顔にかかった。息子は顔にかかったスープを手でぬぐい、その手をテーブルクロスで拭くと椅子から立ち上がろうとした。

「どこへ行くの!食事中は立ち上がったら駄目だって言ったでしょ!」

「オシッコ」

「駄目!食事中にトイレなんて絶対に駄目。座りなさい!」

「おい、子供だろうがこいつは!」

「子供のときから癖をつけておかないと、大人になってから恥をかくのよ」

「トイレを我慢させることはないだろ」

「駄目よ、座ってなさい」

「じゃ、御馳走様しろ、な、それならオシッコ行けるんだ」

「駄目、この子はまだスープが残ってます。それが済まないと御馳走様は許しません!」

  息子は立ち上がって椅子の横でズボンの前を押さえて足踏みを始めた。

「我慢出来ないんだ。行かせてやれよ」

「私だって我慢できないのよ。す・わ・り・な・さい!」

  そう妻が言ったとき、息子のズボンの前に小さな黒い染みが出来、やがてすぐに大きく広がり、両脚の間からポタポタと滴り始めた。と同時に両目には涙が浮かんで来た。

「お漏らししたのねえーっ!偉いわねぇ!」

「見ろ、トイレに行かせてやらないからだ」

「床がビチョビチョじゃない。きれいにしなさい!」

  息子は、両足で濡れた床を拭く仕種をしながら、しゃくり上げ始めた。

「ますますビチョビチョになるじゃない、そんなことしたら!」

「冷たい」

「冷たいの?温かいんじゃないの?」

「冷たい」

「そーお、冷たいの。じゃ温かくしてあげましょうか」

  妻は自分のスープ皿を持って立ち上がると、息子のズボンのゴムを引っ張って隙間を作るとその中にスープを流し込んだ。

「熱い、熱い。熱いよーっ」

息子は飛び上がって走り回った。

「ホホホホホ、おちんちん大丈夫?冷たいなんて言うからよ」

「やめろ!」

俺はそう叫びながら、息子のズボンを脱がせ、パンツも脱がせて風呂場に連れて行った。連れて行く俺の背中に

「男同士、仲良くしなさいよ!」

という妻の声が聞こえた。俺は、風呂場で息子を裸にすると、ぬるいシャワーとボディシャンプーで全身を洗い、新しい下着とパジャマに着せ換え、軽い火傷をしたおちんちんにクリームを塗ってやり、子供部屋に連れて行ってベッドに寝かしつけた。