チャラ瀬からは、発電所の建物が見える。
この建物からは、村全体が見渡せるはずだ。
発電所から、左岸に位置する漁協までと、漁協から民宿までと漁協から農協までとはほぼ等距離にある。
山側の右岸に位置する研究所までと、研究所から村役場までともほぼ等距離にあるはずだ。
つまり、これらの建物は同心円を描いた線上に建てられていることになる。放射状にレイアウトされているともいえる。そして、その中心は発電所ではなく、ダム下の丸いプールに求めることができる。
もし、そうならば、右岸の山側にもう一つ、農協の位置に当たる同心円上に何らかの建物があるはずだ。それに、ダムの水底には以前「塩味村」と呼ばれていた村の跡の他に何かがあるはずだ。昨夜の夢が夢でなければ、水底には水を冷却材に使用するプラントである蒸気発生器、それに発電機、タービンなどがあることになる。
そして、ダム下のプールの中にあるのは原子炉だ。原子炉の冷却材は水なのだろうか。塩水から重水を作って冷却材にしているプラントもあるが。蒸気発生器にも冷却材が必要なはずだ。
もし、ナトリウムを使っているとすれば、水と反応すると爆発する。そして、もしナトリウムを使っているのなら、高速増殖炉ということになる。
そこまで考えたときには沢田はダム下のプールが見える辺りにまで辿り着いていた。
正面にはダムの壁が立ち塞がっている。
プールの大きさは直径十メートルほど。
そこだけ水の色が違う。明らかに深いことを示している。
深さは何メートルくらいあるのだろうか。円筒状に水中に穿たれたトンネルがこのプールの下にはある。
クレーンが吊り上げていたパイプは燃料棒に違いない。
クレーンはダムの上からそのパイプを吊り上げていたはずだ。ダムの高さは三十メートルはある。だが、パイプは水中からかなりの長さ突き出ていた。
そんなに長い燃料棒があるのだろうか。
それに、原子炉はドーム状の屋根で覆われているはずだ。屋根を突き破って燃料棒が出てくるはずはないから、取り外したのだろうか。それとも最初から屋根などついていないのだろうか。
最新型の原子炉ならそれも可能なのかも知れない。
もし水中にあるのなら、原子力潜水艦が埋まっている可能性もある。ロシアの潜水艦なら日本の商社が輸入していてもおかしくはない。鉄くずとかいう名目で輸入できるはずだ。
沢田は、プールの正面に向かって土手に腰掛けて考え続けた。
マダムは夢の中で、あれは夢ではないと答えた。沢田も、あれは夢ではないのではないかと夢の中で思っていた。
マダムの感触も匂いも未だリアルな記憶として沢田の頭に残っていた。だが、余りにそのマダムの行為はダイレクト過ぎるような気もする。夢精のときの夢のようにも思える。男の想像力の限界のような夢だと思える。
それにしても、マダムの話はどう説明すればいいのだろう。サンプル、モルモット、バイオテクノロジー、プロジェクト、リーダー、センター、人体実験、増殖炉、卵子、遺伝子。キーワードだらけだ。組合長がプロジェクトのリーダー。
三人の子供はマダムの二つの卵子でできたマダムと全く同じ遺伝子を持ったマダム自身。三人の娘はサンプル。村人は全員モルモット。
キーワードの中で納得できるのは、この村はバイオテクノロジーの実験を積極的にやっているということぐらいだ。
アイソタケ、ハクラン、チキン味のジャガイモ、松阪牛、ワイン、そして、巨大岩魚。確かにバイオテクノロジーの産物だろう。
余りいい気はしないが、不味くはない。
毎日食べる気はしないが、物珍しさで食べる分には問題はない。
晩飯を喰ったら、もう帰るのだからいい話の土産になるだろう。アイソタケは土産にしてもいい。めったにこんなことはしないが、クライアントに持っていってやろうか、「ホンのおアイソです」とか何とか言って。
そこまで考えたとき、対岸の桜の木の陰、ダムの端を動くものがあった。白いブルゾンに白いパンツに白い帽子に白い長靴。漁協の職員だろうか。それは、ゆっくりとダムの端に沿って歩いてくると、ニコニコしながら沢田に向かって声を掛けた。
「やぁ、どうも釣らないんですか」
組合長だった。
「ああ、どうも。マヅメのギリギリまで待ってみようと思ってたんです」
「そんな必要はありませんワ、今日は。餌やってませんからな。岩井さんはもう、六匹も釣りましたよ」
「そうですか」
「それに、もう、そろそろ餌をやらないとパニックになってしまいますワ」
沢田が時計を見ると午後六時四十分だった。もう、うっすらと夕闇が辺りを包み始め、空は茜色と紺色が交錯している。明日もいい天気だろう。組合長はゆっくりと沢田の方まで歩いてくると沢田の隣に腰を下ろした。沢田は、完全に監視されていると思った。
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