「沢田、行くぞ」
岩井が釣りに行くときのような決意を込めて言った。三人はムービングウォークに飛び乗って走った。沢田はマダムを支えるようにして。岩井は美緒を抱き抱えて。ムービングウォークを走り切って、透明の通路、エアシャワーを抜け、小部屋を通り抜けもう一度エアシャワーを抜けるとエレベーターに辿り着いた。エレベーターが上がり始めたとき、大爆発があった。エレベーターが揺れ、電気が消えかけたが辛うじて最上階まで着いてドアが開いた。そこは、「民宿愛想村」の階段下だった。
マダムの話では、この建物はすでに地下に沈んでしまっているということだから、地下二階にいることになる。二階の天井が地上になっている訳だ。四人が二階の階段を上ろうとダイニングルームのテーブルのある辺りまで来たとき、テーブルの正面奥の壁にモニターが現れた。リーダーが映っていた。
「訓練は終わりだ。君たち、もう何も心配することはない。全て予定どおり終了した。所定の持ち場に戻るように。全て平常どおりの運転に戻った」
リーダーは落ち着き払っていた。何事もなかったかのように、淡々と語っていた。画面が切り替わって、一人の男と二人の女が映し出された。二人の女は真ん中の男の肩を両側から抱き抱えていた。美旺と美央だった。リーダーの声が続いた。
「美緒、これが君のお父さんだ。元気にやっている。ここへ来れば会える」
美緒がモニターに歩み寄る。美旺と美央がにこやかに笑っている。真ん中の男も少しやつれはしているがにこやかに笑っている。だが、メイクのあとがかすかに残っている。それに全く動かない。つっかい棒でもされているような感じだ。これは、リーダーにしたら余りいいアイデアとは言えない。沢田は三人に二階に上がるよう顎で促した。マダムは動こうとしない。腕を取るが動こうとしない。
「一緒にいたかったのに」
「一緒にいたかったら、僕と一緒に来るんです」
「私はここにいます」
「駄目です。僕と一緒に来るんです。あなたはいつも自分の意志を捨ててしまう。一緒に本当にいたいんなら、一緒にいることを選ぶんです」
沢田は力まかせにマダムを抱き抱え二階に上る階段を上がっていった。美緒と岩井も続いた。二階に上がり非常階段と書かれた梯子段を上り、天井板の一部を開けると天井裏に出た。
天井裏はそっくり非常脱出用の部屋になっているらしく、防護服や懐中電灯や非常用食料などが整然と並んでいた。四人は防護服を身につけた。沢田と岩井は脱出用ハッチを探した。それは部屋の右隅と左隅の二か所あった。四人は左の隅のハッチ、少しでも遠くに離れたいという心理の結果だろう、から脱出することにした。沢田と岩井は回転式のハンドルを回した。カチリという音とともにロックが外れた。階段に足をかけ、沢田が少しだけハッチを開けると、水しぶきが隙間から流れ込んできた。雨が降っていた。強い雨だった。
沢田はハッチを開けて外を窺った。建物は沈み、視線は地平線の高さにあった。遠くに強烈なサーチライトに浮かび上がる、先端がドーム型をした太い煙突状のものが見えた。それは、ダム下の辺りに見えた。センターにも明かりが見える。すぐ右の手前には、岩井の車が雨に打たれているのが見える。
沢田は岩井に今見たことを説明し、先に行ってエンジンをかけるように言った。岩井に続いて美緒とマダムがハッチから外に出た。最後に沢田がハッチから出ようとしたとき、建物全体が振動するほどの地響きが起こり、地底の奥深くから近づいてくる波動を感じた。沢田は慌ててハッチから出ると前を行くマダムの背中を抱いて車に乗り込んだ。車は直ぐにスタートした。
岩井は強い雨の中をワイパーをハイにして走った。地面がスッと横揺れした。岩井はハンドリングで体勢を立て直す。体に感じる波動が、遮蔽扉を破り、ムービングウォークの通路を抜け、四人の乗ったランドローバーを追って迫って来ているのが沢田には分かった。
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