続・夜のソムリエ
--- 第一話 AOC(四) ---

この方法なら権利金も不要だし、営業方法を模索するためのテストケースにもなるはずだ。田中はそう考えた。
早速ビルのオーナーに掛け合うと、幸運なこと快諾 の返事を貰うことが出来た。しかも、店員の紹介まで もマネージャーがしてくれるというオマケまでついた。

幸先のいいスタートだった。ワインは帝国ワイン社の 商品から、すべてをグラスで飲んで貰えるようにライ ンアップすることにした。オードブルは、厨房の設備 や夜だけ借りていることを考慮して、調理はせず、チーズ、パン、それに薫製などでまかなうことにした。この方がワインの美味しさを味わって貰えるのではないかという、手前勝手な理屈もあってのことだった。

田中はすぐに具体的なワインのセレクトに入った。パイロットショップである以上、売りにくいものを売ってみせる必要があった。しかし、どんな客がくるのかということもまだ全く分からない段階でのセレクトに余り自信はなかった。

田中は価格帯に重点を置いてラインナップすることにした。グラスワインの価格が700円〜800円というのがレストランやワインバーの相場である。しかも、これらのワインは最低ランクのヴァン・ド・ターブルが供されるのが常識とされている。ボトル売りの場合で、300円〜500円程度のものである。

ワインはロスの多い商品であることを考えると、無理からぬこととは思うが、直営の場合には同じ価格なら二倍美味しいワインを提供することが出来るはずである。逆に言えば、美味しさを 犠牲にすれば、同じワインなら半額で提供することができるということになるが、これはやりたくなかった。

初めてワインを飲んで、美味しいという印象を持って貰うためには、最低、ヴァン・ド・ペイのランクからである、という信念を田中は持っていたのだ。

ヴァン・ド・ターブルというのはテーブルワインのことであり、フランスのAOC (アペラシオン・オリジン・コントローレ=原産地表示基準)では、フランスで採れたブドウを使用して醸造したワインのことである。

また、ヴァン・ド・ペイというのは、いわゆる地酒であって、無名の地で産したブドウを使用して醸造されたワインである。量的には決して多くないが、日本の地酒と同様に、無名ではあるが、決してAOCに劣らぬ値打ちのあるワインを産する土地もある。現に、田中の会社では、フランス南西地方の、ラングドック地方やルーション地方のワインにも力を入れていた。

ヴァン・ド・ペイをベースに、ACワイン(ボルドー、ブルゴーニュ、などの地方 で産するブドウを使用して醸造したワイン)、AOCワイン(ラフィット、ロマネ・コンティなどのシャトーや、畑で産するブドウを使用して醸造したワイン)をすべてグラスで飲んで貰おうと思ったのである。価格は、グラスで赤白とも500円、1000円、1500円、2000円、3000円という5段階に設定した。