続・夜のソムリエ
--- 第二話 ブルゴーニュ(一) ---


八月二十五日、「六十五日間、夢のワインパブ」は開店の運びとなった。 その日は、お盆も過ぎたというのに暑さの厳しい一日で、ワインよりもビールを飲みたくなるような日であった。

夕方になってもそよとも風も吹かず、湿度の高さを感じるだけだった。 田中は店内にいて、喫茶店との交代の準備に余念がなかった。 ワインは十分な量が確保されていたし、記念すべき初日でもあるので、シャンパンも用意した。

ワインセレクトのために田中は大阪中のワインバー、ホテル、レストランを回ってその傾向をつかんでいた。それによると、ワインバーの品揃えにしても、ホテルの品揃えにしても、完璧に客の要求に応えることは出来てはいない、ということであった。

これをクリアするためには、喫茶店を借用するという条件からも、 品種を限定して種類を増やす、という方法しかなかった。つまり、地域なり、セパージュなりを限定し、色々なドメーヌのワインを用意するという方法である。

田中は、迷った挙げ句、ブルゴーニュに限定することにした。日本人の口に最も受け入れられやすいという理由からである。さらに、ブルゴーニュのドメーヌの多さが、多様なニーズにも応えられると思ったからである。

買い揃えたグラスをガラスの棚に並べ、クーラー代わりにシンクに水を張り、氷を入れてワインを放り込んだ。食器類は店にあるものを貸してくれるということなのでことさら買い求めることはせず、多少貧弱ではあったが白い洋食器の小皿とスープ用の器を借用することにした。

小さなフォークも借用することが出来たので、これも甘えさせて貰い、結局、田中が用意したのはワインとオードブルとグラスだけだった。 つまり、準備のための時間がそう多くあったわけではなかったというのをいい理由にして、開店してから調整しながらやっていくという極めて泥縄的手法でいこうと決めていたのだ。

田中にとっては今回のような「店」の開店は初めてのことであったにもかかわらず、本人はいたって気楽なものだった。

「冗談パブですわ。こんなやり方で店が出来るいうことやったら、誰も苦労しませんやろ」

口ではそう言いながらも、多少なりとも目算や勝算があってのことというのが普通一般のことなのだが、田中にとってはそんなことはお構いなしで、とにかく三月、上手くいってからのことだとしか思っていなかったのである。

午後六時、田中は、真新しいサインボードを抱え、軽い足取りで地上へ通じる長い階段を上がっていった。