ところが、銀ちゃんはその一番安い白ワインを飲み干すと、
「一番高いワインください」
と言ったのだ。
この一言が、田中にはひどく印象に残った。 ワイン好きの飲み方は、一般に下のランクから順に上のランクへと移っていく。しかし、プロの場合は一番下と一番上を飲めば、その中間のワインがどの程度のものであるのかはおおよそ想像出来るものである。
てっきり、よその店が偵察にやってきたのかと思い、田中は銀ちゃんに聞いた。
「お店、やってはるんですか?」
「いーや、前通ったら、ワインパブとなってたもんやから。いつも前通ってるんやけど、以前は何や入りにくーて来たことなかったんやけど」
「お近くですか?」
「いや、会社は東大阪で工場やってるんや」
「機械かなんかですか?」
「いーや、機械の一部やな。半導体関係や」
半導体というのと目前の一見ヌーボーとした風情の男とはどうも結びつかない。
「半導体いうたら、コンピュータチップみたいなもんですか?」
「まー、そういうことやな、これからはインターネットの時代やからな、コンピューターがよう売れるんやろ」
ますます発言内容と容貌とがかけ離れていく。
「今度は一番安い赤ワインおくれ」
ブルゴーニュの高級白ワイン、ピュリニーモンラッシェを飲み干すと、銀ちゃんは軽い調子でそう言った。
「一緒に何か召し上がりませんか?」
「いや、食事はもうしてきたんや。ワインだけでいいんや」
田中の声に仁美ちゃんが動きかけてそのまま立ち止まり、
「ワインだけなんだー」
とつぶやくと、
「あー、そんなら、チーズ貰うわ。何かこのワインに合うチーズ、みつくろうて出してみて。匂いのきついのはあかんで」
「じゃー、クリームチーズにしましょうか?」
「いや、任すわ」
「それ、飲んでしまわはったら、今度は一番高い赤ワインていわはるんでしょ」
「なんで分かるんや」
「なんでって、そうかなーって誰かて思いますよ」
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