泡なし酵母の泡なし現象がどうして起こるのかというと、通常は高泡に酵母が多数付着し、酵母によって一種の保護効果を受け、泡が消えにくくなるが、泡なし酵母では酵母細胞壁の親水性が高泡酵母に比べて高く、泡の成分に付着するより水溶液に移行する性質がある。つまり、泡なし酵母の場合、泡は発生するけれども酵母付着による保護が無く、すぐに消えてしまうのである。

ちなみにビールは日本酒とは事情を異にし、発酵中の高泡の形成は絶対必要であると考えられている。発酵中に発生する泡は、発酵液中に存在するホップ、麦芽からの過剰の樹脂成分、タンパク質、タンニン質などを、吸着・分離・除去し、ビールの香味を純粋ですっきりしたものにする重要な現象とされている。

さて、日本酒酵母にはその他にも面白いものがある。キラー(殺し屋)と呼ばれている酵母は、自身の出す特殊物質で他の酵母を殺してしまうが、自身は平気である。これをうまく使うと、もろみ中に混在する野生の有害酵母を殺し、微生物的に純粋な酵母による発酵を実現することが可能になる。この場合キラー酵母自身が、高品質の酒を醸し出すことができる能力を持つものでなくてはならないが、(財)日本醸造協会からでている「きょうかい119号」と呼ばれている酵母は、キラー酵母でありながら、良質の酒を醸し出すといわれている。

また、醪を鮮やかな桃色(ピンク)にする酵母もある。アデニン要求性の変異酵母株の仕業であるが、醪を濾過すると、この色素はすべて酒粕の方に移行し、酒の色は普通の無色になる。三月の桃の節句の甘酒、白酒は未濾過の白色の濁酒が普通であるが、この酵母を使うとこれをピンク色で楽しむことができ、雰囲気のある節句の演出に役立ちそうである。酒造りの世界は保守的なように見えるが、酵母一つ取り上げても面白い研究・開発テーマが数多くあり、幅広い研究や実験が行われているようである。