俺は毎晩外食をするようになった。あれからというもの、妻はまったく料理も洗濯も家の掃除も何もしなくなったからだ。家は荒れ放題だった。妻と息子は毎晩のように出前を取ったりインスタントラーメンで済ませたりしていた。やめろと言った手前、俺はしばらく様子を見ることにした。
妻は急激に痩せ始め、息子を学校にやらずに休ませるようになった。俺は、息子の栄養状態と健康が心配になり、惣菜を買って帰ったり、夕食を作ったりするようになった。息子は俺の作る料理を気に入って食べた。もっとも、俺はテーブルマナーに小うるさいことを言わなかったし、そんなものが必要な料理でもなかったのだ。だが、妻は俺の作った料理を口にすることはなかった。
妻はますます痩せて行った。病的な痩せ方が俺は気になった。それは、近くに住んでいる妻の両親も知るところとなり、心配して見に来てくれるようになった。俺はそれがとてもうっとうしかった。大の大人に干渉して欲しくはなかったからだ。これは、彼女の問題なのだ。俺は、
「お二人の育て方が悪かったからこうなったんです」
と妻の両親に悪態をついた。
妻が事務所にもまったく顔を出さなくなったせいでアシスタントたちは右往左往していたが、所詮カバーし切れるものではなかった。タレントの仕事はなくなり、撮影の仕事も来なくなった。
ある日、俺が惣菜を買って帰って来ると、妻の両親と息子が三人で待っていた。俺がテーブルに座ると、妻の父親が一枚の紙切れを見せた。その紙切れには、妻の字で、
「モデルクラブをやることにしました。アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアのモデルクラブを回ってきま〜す!一ヵ月位でもどりま〜す!」
と書いてあった。
息子は両親が見てくれることになり、俺に、突然のバチュラーライフが訪れた。俺は久し振りの自由を満喫していた。残念ながら釣りはシーズンオフだったので、飲み屋を梯子するくらいしか楽しみはなかったが、その日のうちに家に帰らなくてもいいという解放感は何物にも換えがたかった。
俺は突然、車を買うことにした。俺はフライフィッシングを始めてからは四駆に乗り換えていた。レオーネを二台乗り継ぎ、レガシィに乗っていたのだが、俺にはどうしても乗りたかった車があった。その車が手に入ることになったからだ。
その車は、アウディが本格的にワールドラリーに参戦するために開発を進め、一九八〇年に発表した世界初のフルタイム四駆で、その明快なコンセプトを反映して「クアトロ」とネーミングされていた。クアトロはデビューと同時にラリー界を席巻し、「カーグラフィックス」の表紙を独占し続けた伝説の車だった。日本への輸入は、当時代理店だったヤナセが数台行ったが、二二〇〇CCで二〇〇馬力という車格にしては高価すぎることから販売されることはなかった。
雑誌でしか見たことのない車が並行輸入されていることを知ったのは、妻が旅行に出てからすぐだった。俺は長い間、カー雑誌など買ったこともなかったのだが、たまたま入った喫茶店においてあったのをめくっているうちに、クアトロの広告にぶつかったのだ。住所を確かめると、すぐ近くだった。俺はその喫茶店から真っ直ぐにその広告主が開いているショールームに向かった。そして、契約した。俺にとっては、どうしても一度は乗ってみたかった車の一台だったのだ。
その車がデビューしたのは、ちょうど十年前のことだった。それは俺が独立して事務所を開いた年と同じ年で、まだ備品の少ないがらんとした事務所で、クアトロが表紙になった「カーグラフィックス」を読んだ。デビューから三年に渡って、毎号のように表紙を飾っていたのを俺は鮮烈に覚えていた。
「もう、誰も買う人がいないんですよ。相当なマニアでも、今はランチア・デルタ・インテグラーレに流れてしまって。あれでも今は二五〇馬力ですからねぇ」
ショールームのオーナーはそう言った。
「ターボつき二二〇〇CCで二〇〇馬力って当時は怪物でしたよねぇ」
「この十年ってのは車が最後の進化を遂げた年って言えるんじゃないかなぁ。日本の安物のスポーツカーだって二〇〇馬力が普通になりましたからねぇ。タイヤも良くなったし」
「でも、世界初のフルタイム四駆なんでしょ」
「ええ、今やそれだけが売りってとこですか。これももう日本でも出てますし、世界の車の流れを作ったってことなんですけど、今はエアロダイナミクスの方に開発の力点が移ってしまったんですね。まぁ、それを積極的にやってるのもアウディなんですけど」
「僕はこっちの方が好きだなぁ。このブリスターフェンダーなんてスパルタンだし、リアウィングも控えめでオシャレだし」
「そうそう、このブリスターフェンダーなんて、ランチア・デルタもBMWのM3なんかも同じパターンを造ったくらいなんですよ」
俺はそのブリスターフェンダーをしみじみと眺める。半月形に微妙に膨らんで飛び出したフェンダーは、写真で見るよりも膨らみが少ないような気がした。乗り込んでみるとレカロシートに換えてあり、メーター類もペダル類もハンドルもラリー仕様になっていた。俺はハンドルを握りながら、ラリードライバーになってぶっ飛んでいた。
クアトロがやって来たのは雨の日だった。朝からの曇り空で、昼前にはしとしと降り始め、俺のマンションの前に到着したときには白い車体を水滴で濡らして、とってもセクシーだった。オーナー自らが運転して届けてくれた。俺はオーナーをショールームに送り届けると、高速道路にノーズを向けた。
雨は本降りになっていたが、俺にはそれがうれしかった。クアトロの本領は雨の日と雪の日に発揮されるからだ。
高速道路を一五〇キロで巡行するフロントガラスには雨粒が張りつきながら流れて行き、バックミラーを覗くと、高い水柱が左右に上がって、まるで湖を疾駆するモーターボートのようだ、と俺は思った。
デフをロックするとますます挙動が安定するのが分かる。
それは、野生動物がしっかりと四肢で大地を噛んで疾走している様を連想させた。何のストレスも感じないままカーブにも突っ込んで行ける。二速から三速への立ち上がりも申し分ない。三速から四速にかけての吹け上がりもドラマチックだ。
しかも、四速からの加速が終わる前に、スピードメーターは一八〇キロをオーバーしてしまい、五速に入れるタイミングを失ってしまうほどのハイギヤードな設定になっている。
雨降りのブレーキングにはスリップがつきものなのだが、かなり急なブレーキングにも確実にノーズダウンして応えてくれる。俺は、初日からこの車に惚れ込んでしまった。
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