仁美ちゃんと二人の女性客はあっけにとられたように田中の方を見ている。 言い訳を考える時間はなかった。 「いや、この人はフランス研修のときにアシスタントを務めてくれたマリアンヌいうんや。お二人もどうぞ。仁美ちゃん、君も飲めるんやったら乾杯しょ」 「かんぱーい!」 突然の事態をどう理解しているのか、やたらと威勢のいい二人のハーモニーに先導されるように五人はグラスを合わせることになったのである。 田中が出張を終え、フランスを立つときに田中の首にすがって泣いていたときの可憐さに変わって、三年の歳月は彼女にセクシーと呼ぶに相応しい雰囲気を与えていた。 マリアンヌが微笑むと、パリジェンヌのエスプリが店内を満たした。マリアンヌは田中を前にして光り輝いていた。 有線が、また「菫の花咲く頃」を流し始めた。 マリアンヌがカウンターから出て、フランス語で歌い始める。それを聞いた二人がマリアンヌを両側から挟み、日本語でハーモニーを奏でる。 やがて三人は中二階の方に向かって上って行き、そこをステージ代わりにして田中の方を向いて歌い、エンディングになると、三人で腕を組んで階段を降りてきた。 そして、カウンターの前まで来ると、手をつないで輪になって踊り出した。マリアンヌが歌っているのは「アヴィニョンの橋の上で」という曲だ。 二人の女性客も一緒に歌っている。 マリアンヌがカウンターを回り田中を連れ出し、仁美ちゃんの手を取り、踊りの輪の中に引き入れる。 五人はマリアンヌの歌に唱和しながら、カウンターの前でぐるぐる輪になって踊り始めた。やがてリズムがだんだん速くなる。五人はそれに合わせて回るスピードを上げていく。 歌がますます速くなる。踊りの輪もますます速くなり、歌がもっと速くなって五人の踊りの輪がちぎれてしまうと全員がその場に仰向けになって倒れ込んだ。 誰からともなく笑いがもれた。それにつられてまた誰かが笑い出し、やがて全員で笑いの合唱になった。 マリアンヌが堰をきったように田中にむしゃぶりついてキスしてきたとき、入り口のドアが開いて人の気配がした。 |
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