二日目にして起こった騒動もその後に影響を及ぼすこともなく平穏の日々が続き、マリアンヌも時々顔を見せてはいたが、問題を起こすようなこともなかった。
三人で交代で来てくれていた残りの二人はそれぞれの理由で辞めてしまったが、仁美ちゃんだけはしっかりとサポートしてくれ、あっという間に三ヶ月が過ぎようとしていた。
田中としては、最初に目論んだ予定の日程が余りにもあっけなく過ぎ去ろうとしていることに、意外な思いがしないでもなかった。 同時に、かすかな手応えと、物足りなさも感じていた。 数字的にも、月曜日から金曜日の営業という日数の少なさにもかかわらず、最初に計画した線をクリアしていたことも田中の気を良くさせていた。
田中はこれらの数字を安川に報告するとともに、現在地での営業を延長する意思を伝えて諒解を得ていた。 ところが、この田中の思惑はもろくも崩れ去ることになった。
ビルのオーナーがへそを曲げてしまったのである。 その理由というのが定かではないのだが、マネージャーに聞いたところによると、健康診断の結果、断酒を余儀なくされ、自分が飲めない酒を売る店が地下にあるというのは気に入らないというような、全くもってよく分からない理由であった。
マネージャーとの間ではスムーズに延長の話が進んでいただけに、これは晴天の霹靂とでもいうべき出来事であった。十一月も半ばのボージョレ・ヌーボー解禁の頃のことである。
残すところ二週間というところで、田中は移転先を物色しなければならなくなった。 人のいいマネージャーは、自分のことのように親身になって物件の斡旋にも協力してくれた。 しかし、余りにも日数が少なすぎた。店の営業を続けながら昼間に同じような物件を探すというだけではそうそういい物件に当たるはずもなかった。
最初の物件が余りにも簡単に見つかっただけに、この作業は田中にとって苦痛以外のなにものでもなかった。しかし、 「あの店、使うたらいいやないの」 という麻子の一言でこの問題も収束を見ることになった。
「あの店」というのは、勿論、香港に来る前に麻子がやっていた店のことである。三年の間、売るでもなく貸すでもなくそのままにしてあったのは知っていたが、田中の頭の中に候補として上ることすらなかった物件だった。 麻子のやっていた店は割烹の店で、当然造りも和風だったからである。
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