「あれ、和風の店やないか」 「そんなこと関係ない。オシャレに使うたらええやないの!」 麻子とはたったそれだけのやりとりだったが、田中は腹をくくることにした。 色々なデータを集積するにも、パイロットショップとしての実績を積むにも、三ヶ月では短すぎることは百も承知のことだっただけに、いずれにしても拠点が必要なことは明らかなことだし、造りが和風であるとか洋風であるとかといった贅沢をいえる状況ではなかったからである。 また、田中自身、「空いている物件を活用してワインパブをやる」というコンセプトを実証するのにまたとない機会であるという納得の仕方もしていた。 こうと決まると、田中のようなタイプの人間の行動力はいかんなく発揮される。 「月末の引越し、翌日からの営業」という目標に向かって、田中はすぐにエンジン全開で走り始めたのだった。 十二月一日。 田中は、店を天王寺区夕陽丘町に移転した。 店名も「六十五日間、夢のワインパブ」の「夢」の字をとり、和風な店構えに合わせて「夢屋」とした。 当日の夕方になってやっと、丸い電飾看板が店の壁面に取り付けられ、「ワインパブ 夢屋」がオープンすることになった。看板は道具屋筋に田中自ら出向いて買い求め、文字は自分で墨書し、親友の利久さんに頼んでマックで切り文字を作ってもらい、貼り込んでもらった。 しかも、利久さんは軽トラックを自ら運転し、引越しの荷物運びを手伝ってくれ、下戸にもかかわらず、最初の客になってくれたのだった。 しかし、移転の案内もままならないままに始めた営業の無謀さはすぐに証明されることになった。 マネージャーの取り計らいで喫茶店には急ごしらえで作ったチラシを置いてもらえることになったので、急な移転ではあったが喫茶店の客はついて来るものと高をくくっていたのが大きな間違いだった。 三ヶ月とは言え、顔なじみになっていた客もいたはずなのだが、全くと言っていいほど顔を見せず、大阪という街の商圏の狭さを思い知らされることになった。 移転した距離は地下鉄で四つほどの距離。時間にしてたったの十分ほどのことなのに、全くの別天地に来たかのような反応の無さだった。 だが、考えてみればこれも当たり前のことで、本町辺りのオフィス街に勤務している人達は北へ向いて帰る人が圧倒的に多い。夕陽丘はそれからすると逆行することになるため、敬遠されるということなのだ。 |
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